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博報堂DYホールディングス/blueqat、VQE/QAOAを用いた最適輸送問題を量子コンピュータで実証

研究の概要

このたび、株式会社博報堂DYホールディングスは、blueqat株式会社と協力して、将来的な量子コンピュータ時代を見据えた取り組みとして、データフュージョンを実現する上で重要な最適輸送問題に対する量子アルゴリズムの構築および実証を実現しました。


現代社会において、様々な分野で膨大な量のデータが生成され、それらの活用が求められています。データフュージョンは、分散管理された様々なデータソースを統合する技術であり、データフュージョンを実施することで、個別のデータのみでは分からない知見を得られる可能性が高まります。


データフュージョンには、いくつかの方式が存在しますが、今回、対象としたのは、最適輸送問題を解く方式です。最適輸送問題とは、与えられた供給源から輸送先への商品の輸送コストを最小化する問題です。この方式では、2つのデータセットの共変量から計算される類似度を輸送コストとして捉え、2つのデータセットを統合するための最適な輸送量を求めます。最適輸送問題を解く方式のデータフュージョンには、フュージョン対象のそれぞれのデータ・セットが持つ統計量が保持されるという数理的なメリットがあることが知られています。


博報堂DYホールディングスは、将来的な量子コンピュータ時代の到来を見据え、広告∕マーケティング領域における量子コンピュータの活用可能性を模索しており、今回、データフュージョンに対する量子コンピュータの活用可能性を検証しました。


最適輸送問題に対する量子アルゴリズム

量子ゲート方式の量子コンピュータは、汎用型の量子計算機であり、量子ゲートの1つ1つを量子ビットとして操作します。量子ビットでは、古典計算機上のビットが表現する0または1を確率的に表現することが可能であり、将来的には、既存のコンピュータを凌駕する演算性能が期待されています。


今回、量子ゲート方式の中でも、ノイズが含まれる中規模な量子ゲート方式であるNISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum)上で動作する、量子アルゴリズムのQAOA(Quantum Approximate Optimization Algorithm)とVQE(Variational Quantum Eigen solver)を適用しました。現在の量子ゲート方式の量子コンピュータは、全てNISQタイプのものになりますが、将来的には、ノイズに強いFTQC(Fault-Tolerant Quantum Computing)と呼ばれる量子ゲート方式の量子コンピュータが開発され、より高い演算性能が期待されています。最適輸送問題に対して、QAOA/VQEの量子アルゴリズムを適用する際には、課題がありました。通常のQAOA/VQEの量子アルゴリズムでは、0または1のバイナリ値しか扱えず、最適輸送問題を解く上で輸送量の表現に問題がありました。そこで、今回、実数エンコーディングと呼ばれる量子計算で提案されている手法をQAOA/VQEに応用することで、最適輸送問題に対する量子アルゴリズムを構築しました。


量子コンピュータを用いた有効性実証

今回構築した最適輸送問題に対する量子アルゴリズムの有効性は、以下の2つの観点で検証しました。


1. 量子ゲート方式の量子コンピュータ実機で正しく演算できるか?

2. 大規模問題に適用できるか?


1の量子ゲート方式の量子コンピュータ実機で正しく演算できるかどうかを検証するために、量子ゲート方式の量子コンピュータ実機「IonQ」を用いた検証を実施しました。現在の量子ゲート方式の量子コンピュータ実機は、ハードウェア側の制約から小規模な問題しか扱えないため、実数エンコーディングを応用していないQAOAとVQEを用いた検証を行いましたが、量子ゲート方式の実機において最適輸送問題が解けることを確認できています。


2の大規模問題に適用できるかどうかを検証するためには、NVIDIA社が開発した量子ゲート方式の実機シミュレーター「cuQuantum」を用いて検証を実施しました。この検証でも、本アルゴリズムが適切に動作することを確認しました。なお、本検証の過程で、最適輸送問題に対してはVQEによる演算性能が非常に高いことがわかりました。さらに、量子ビット同士の接続が少ない状態でも解が得られることが確認されたため(図1参照)、最適輸送問題においてはVQEの応用可能性が高いことも示唆されています。


今回の検証は、量子コンピュータのハードウェアの制約から小規模な最適輸送問題を対象として行いました。現時点では、最適輸送問題に対する量子コンピュータの演算性能が既存のコンピュータを上回るとは言えません。しかし、大規模問題に対応できる量子アルゴリズムを使用して、実機の量子ゲートマシンで最適輸送問題を解けることができることが確認されたことは、今後の量子コンピュータ活用にとって非常に重要な成果です。さらに、最新のテンソルネットワーク技術やGPUを活用することで、問題規模を大幅に拡大することができる可能性があります。




図1 VQEで使用した量子回路(テンソルネットワークでの表記)

水色が量子ビット、緑色がRYゲート、橙色がCNOTゲートを示しており、水色の量子ビットが全結合していない量子回路であることが分かる。


今後の展望

今後も、博報堂DYホールディングスは、⻑期的な観点にたち、広告・マーケティング領域における量子コンピュータの活用可能性を探求し続けます。この取り組みを通じて、将来的な量子ソリューション開発に必要なノウハウを蓄積していきます。


注釈

QAOA:量子近似最適化アルゴリズム、量子ゲート方式で組合せ最適化問題の解を求めるためのアルゴリズム

VQE:量子古典ハイブリッドアルゴリズム、エラーを避けるため短い量子回路をたくさん用意し、結果の集計後の最適化計算を古典マシンで実行するアルゴリズム

実数エンコーディング:1つの量子ビットを1ビットとし、複数の量子ビットで実数表現に必要なビットを表現する手法

cuQunatum:GPU 上で動作する量子回路シミュレータ、2022年にNVIDIA社が発表

IonQ:2015年に設立された米国の量子コンピュータ開発企業が開発する量子ゲートタイプの実機マシンで、イオントラップ技術に強みをもつ。

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