top of page

コラム:SandboxAQ、1年経過

SandboxAQ が Alphabet(Googleの親会社)からスピンアウトして約1年が経ちました。ずいぶんといろいろなことがありました。直近で、5億ドルのベンチャー資金の調達を発表しましたが、これはかなりの金額です。量子コンピューティングのハードウェアを開発しているわけではないのですから、特に大きな金額と言えます。そこで、SandboxAQ の CEO、Jack Hidary氏に、彼らの主な取り組みと、今後の資本展開の可能性について伺いました。


SandboxAQ には、量子サイバーセキュリティ、計算化学、量子センシングの3つの主要な製品分野があります。


傍目には、サイバーセキュリティへの取り組みが最もよく知られており、毎月のようにウェビナーやカンファレンス等での発表があります。技術的な特徴としては、暗号が使われている場所をすべて見つけることができる 「AIディスカバリーエンジン」 。SandboxAQ はこのツールを使って、銀行、製薬会社、政府機関、通信会社で暗号化インベントリを実施。RSA のような古典的な暗号化アルゴリズムだけでなく、90年代に開発され、ここ10年、20年の間に破られている MD5 や SHA-1 のようなとても時代遅れなアルゴリズムが使用されていることが分かりました。


ポスト量子暗号へのアップグレードは、暗号が使用されている場所が多いだけでなく、それらの古い実装の中には、埋め込みコードで行われていたもの(自己完結型のモジュールではなく)もあるため、企業にとっては長いプロセスが必要となるでしょう。新しい PQCアルゴリズムの実装は、必要に応じてアルゴリズムをアップグレードしたり、入れ替えたりできるように、モジュール化・アジャイル方式で実装しなければなりません。そのため、アルゴリズムの変更だけでなく、場合によってはソフトウェアの構造を変えて、組み込みコードからモジュール化された暗号アジャイルサブルーチンにしなければなりません。


量子サイバーセキュリティの取り組みの一環として、フランスの Cryptosense を買収。さらには、VolutionQ Qunnect の2つの量子セキュリティにも投資しています。SandboxAQ は、買収や他社への戦略的投資を行い成長する戦略も取っています。また、AI+量子エコシステム(AQ)の構築に情熱を注ぐ技術系スタートアップに投資する「戦略的投資プログラム」を実施しており、Hidary氏は、現在保有している多額の手元資金で、新たな投資・買収機会を積極的に探っていることを示しました。


彼らが力を入れていて、あまり知られていないのが創薬分野でしょう。テンソルネットワーク・アルゴリズムを用いて、高性能GPUの巨大なアレイを使い、量子力学に基づく計算を行うプロジェクトです。ある分子から始めて、順列を加え、化学的な特性をチェックするというシミュレーションを行う。これは、生成的アプローチを用いた新しいアプローチであることが示されています。AI を使った計算創薬の他のアプローチでは、大量の化合物ライブラリーを用意し、異なる化合物についてもシミュレーションを行い、中から最適解を導き出します。同社の方式は、企業が取り掛かるために、大量となる候補ライブラリーを必要としません。AI+量子創薬のマーケットはとても大きく、製薬会社のコスト削減の可能性は高いでしょう。Hidary氏は、4〜5年以内に承認されるすべての新薬は、これまで使われていた古典的な試行錯誤の方法ではなく、こうした計算化学のアプローチで開発されるだろうと予測しています。


彼らのソフトウェアは、アルゴリズムの異なる部分で古典的なCPUとGPUを使用するという点で、すべてハイブリッド。ここ数年のGPU性能の大幅な向上によって、最近になってようやく可能になった方法です。現在の量子プロセッサーは、大規模なGPUクラスターを凌駕することはできませんが、より高性能なマシンが登場すれば、テンソルネットワークのソフトウェアは量子コンピューターに移行することができるでしょう。同社は、CPU/GPUのリソースに外部のクラウドプロバイダーを利用しています。Googleから独立したことの利点は、AWS や Microsoft Azureなどの他のクラウドプロバイダーと連携して、ニーズに最適なクラウドプロバイダーを使用できるようになったことです。Hidary氏は、アルツハイマー病、パーキンソン病、癌の領域で、複数のバイオファーマとこの取り組みを行っていると述べたが、守秘義務のため、そこで名前を挙げることは避けました。


3つ目の分野は、量子センシングです。先ごろ、ナビゲーション用の超高感度量子磁気センサーの開発で SBIR 賞を獲得しました。あらかじめ磁場を記録した地図を作成しておきます。そうすることで、GPSが使えないときでも、特定の地域を飛行する飛行機が、磁気センサーで地図の情報と照らし合わせ、位置を把握することが可能になるのです。量子磁気センサーのもう一つの重要な用途は、医療診断。例えば、心臓の診断に心電図ではなく量子磁気センサーを使用することで、より高度な診断が可能になるかもしれません。


1年前のスピンオフ時、社員数は55名ほどでした。LinkedInを確認すると、現在従業員数は129名で、8カ国以上に配置されていることがわかります。同社はこの 1年で 2倍以上の規模になりました。資金の一部を、今後も速いペースで従業員を増やしていくために使うことは間違いないでしょう。スタッフの 65%は博士号取得者で、さらに 20%がエンジニアです。加えて、ベンチャーキャピタリスト、元CEO、元 Google幹部、米国を代表する防衛・国家安全保障機関の元民間・軍人などの人物を含む豪華なアドバイザリーボードも擁しています。これらの人達は非常に人脈が広く、会社のために多くの扉を開く手助けをしてくれるでしょう。


昨年12月に開催された Quantum World Congress でのプレゼンテーションで、Jack Hidary氏は、会社の概要とその可能性を説明しました。そのプレゼンテーションのビデオがオンラインにアップ されています。視聴をお勧めします。



=============================

原記事(Quantum Computing Report)

https://quantumcomputingreport.com/


翻訳:Hideki Hayashi

bottom of page