前回からの続きです。
量子力学はエルミート行列を物理量とします。(3.15)では、N×NN\times NN×N エルミート行列の作るN2N^2N2 次元実ベクトル空間を考えていて、その基底を考えます。
2×22\times 22×2 エルミート行列では、Pauli行列がそれにあたります。具体的に書いてみると、
σ^x=(0110),σ^y=(0−ii0),σ^z=(100−1)\hat{\sigma}_{x}=\left(\begin{array}{cc} 0 & 1 \\ 1 & 0 \end{array}\right), \hat{\sigma}_{y}=\left(\begin{array}{cc} 0 & -i \\ i & 0 \end{array}\right), \hat{\sigma}_{z}=\left(\begin{array}{cc} 1 & 0 \\ 0 & -1 \end{array}\right)σ^x=(0110),σ^y=(0i−i0),σ^z=(100−1)
です。一つ足りませんが、これはI^=(1001)\hat{I}=\left(\begin{array}{cc} 1 & 0 \\ 0 & 1 \end{array}\right)I^=(1001) です。2x2=4、ちゃんと数はあっていますね。この四つの行列I^,σ^x,σ^y,σ^z\hat{I}, \hat{\sigma}_{x}, \hat{\sigma}_{y}, \hat{\sigma}_{z}I^,σ^x,σ^y,σ^z を使うと任意のエルミート行列を書き下すことができます。まず、非対角要素は自明ですが一応確認しておくと。ασ^x+βσ^y\alpha \hat{\sigma}_{x} + \beta \hat{\sigma}_{y}ασ^x+βσ^y とすれば、(0α−iβα+iβ0)\left(\begin{array}{cc} 0 & \alpha - i\beta \\ \alpha + i\beta & 0 \end{array}\right)(0α+iβα−iβ0) となって、
任意の値を指定することができます。では、対角要素を(a00b)\left(\begin{array}{cc} a & 0 \\ 0 & b \end{array}\right)(a00b) と指定したいとなると、a+b2I^+a−b2σz^\frac{a+b}{2} \hat{I} + \frac{a-b}{2} \hat{\sigma_z} 2a+bI^+2a−bσz^ とするとよいことがわかります。この教科書では、I^\hat{I}I^ はtraceが0でないので除外してます。このようにして、a+b2I^+a−b2σz^\frac{a+b}{2} \hat{I} + \frac{a-b}{2} \hat{\sigma_z} 2a+bI^+2a−bσz^+ασ^x+βσ^y\alpha \hat{\sigma}_{x} + \beta \hat{\sigma}_{y}ασ^x+βσ^yを考えると、好きな値を行列の要素にすることができます。これで2×22\times 22×2 エルミート行列をすべて尽くせました! つまり、I^,σ^x,σ^y,σ^z\hat{I}, \hat{\sigma}_{x}, \hat{\sigma}_{y}, \hat{\sigma}_{z}I^,σ^x,σ^y,σ^zは2×22\times 22×2 エルミート行列というベクトル空間の基底となるベクトル(行列)ということになります。
さて、内積についても考えておきましょう。N×NN\times NN×N エルミート行列の作るN2N^2N2 次元実ベクトル空間には実ベクトル空間と同じような内積がトレースによって自然に定義されます。NNN 次元複素ベクトル空間の内積の定義は、a⋅b=∑iai∗bia\cdot b = \sum_i a^*_i b_ia⋅b=∑iai∗bi でした。これをエルミート行列A,BA, BA,B をベクトルとみなしたベクトルでの内積はTr(AB)\operatorname{Tr} (AB)Tr(AB) となります。これはとても自然な拡張です。実際、一つ一つ追ってやると、
∑i,j=1NAij∗Bij=∑i,j=1NAjiBij=∑i,j=1NAijBji=Tr(AB)\sum_{i,j=1}^N A^*_{ij} B_{ij} = \sum_{i,j=1}^N A_{ji} B_{ij} = \sum_{i,j=1}^N A_{ij} B_{ji} = \operatorname{Tr} (AB)∑i,j=1NAij∗Bij=∑i,j=1NAjiBij=∑i,j=1NAijBji=Tr(AB)
と単に行列をベクトルのように並べなおしただけ、となっています。ここで実ベクトル空間なのに複素共役をとって内積を定義しているが気になる方はいらっしゃると思いますが、この内積は実数になることが示せますので、実ベクトル空間の内積だと思ってよいのです。ここは不思議な感じもしますね、ただ、考えてるのはあくまでN2N^2N2 次元実ベクトル空間です。想像力をたくましくすると、複素数はベクトルとも思えます。a+biと書いて一つの数字と思ってますから。同じ要素にあるのですが、そこだけ二次元に分かれていて別次元にあると考えればよいでしょう。そうすると、Tr(σ^xσ^y)=0\operatorname{Tr} (\hat{\sigma}_{x} \hat{\sigma}_{y}) = 0Tr(σ^xσ^y)=0 などは自明になります。
続く。