概要
ADAPT-VQE[1]のアルゴリズムを量子変分時間発展問題[2]へ応用した研究を紹介します。[3]
タイトル
Adaptive Variational Quantum Dynamics Simulations
著者
Y.-X. Yao, N. Gomes, F. Zhang, T. Iadecola, C.-Z. Wang, K.-M. Ho, P. P. Orth
リンク
http://arxiv.org/abs/2011.00622
目次
この論文を選んだ理由
背景
ADAPT-VQE
量子変分時間発展
本研究の手法
数値計算結果
結論・感想
この論文を選んだ理由
理由は2つあります
①ADAPT-VQEと量子変分時間発展をどのように組み合わせるかが気になった
②同時期に類似のアルゴリズムが提案された
②が印象的でした(この論文です[4])。本研究のアルゴリズムはそこまで簡単なわけではないので、この業界の競争の激しさを感じました。
背景
ADAPT-VQEと(McLachlan変分原理による)量子変分時間発展を簡単に説明します。
ADAPT-VQEに関する日本語資料は(https://blueqat.com/wp-content/uploads/2020/03/ADAPTVQE.pdf)、量子変分時間発展の資料は(https://www.slideshare.net/NakataMaho/qubit-a-review)があります。
ここでは要点のみ説明します。
・ADAPT-VQE[1]
プールと呼ばれる演算子の候補から、エネルギー期待値に寄与する演算子のみを変分波動関数Ψに順次取り込んでゆくことで少ない演算回数(ゲート数)でVQEの基底状態取得する手法です。
まず、通常のVQEでよく使用されるUCCSDアンサッツでは、必要とされる全パターンの1電子、2電子励起に対する時間発展型の演算を行います(以降ではexp(αA)型を指す際は時間発展演算子と呼び、expの肩のAを指す際は単に演算子と呼びます)。




(式は[5]より)
p,q,r,sはビット指数。しかしこの時間発展演算子にはVQEでのエネルギー期待値に寄与しないような演算子も多く含まれます。ADAPT-VQEは、どの時間発展演算子がエネルギー期待値に寄与するか評価し、寄与が大きな時間発展演算子を順次波動関数Ψへ取り込みます。これにより少ない演算回数(=ゲート数)で基底状態が取得できます。
・量子変分時間発展[2]
量子変分時間発展はパラメーター付き量子回路を用いて波動関数Ψの時間発展を行う手法です。まず時間発展方程式(例: シュレディンガー方程式)に変分原理を適用し、時間tの微小時間発展に対する極小値問題に置き換えます。Ψが回路パラメーターθを通してΨ(θ(t))のように定義されている場合、極小値問題の解からΨ(θ(t))→Ψ(θ+δθ)=Ψ(θ(t+δt))とするようなθの更新式が得られます。この更新式の取得とθ更新を繰り返すことでΨを少しずつ時間発展させていく手法が量子変分時間発展です。
そして本研究ではADAPT-VQEと量子変分時間発展を組み合わせます。
本研究の手法
本研究ではvon-Neumann方程式(密度行列ρの時間発展方程式)にMcLachlan変分原理を適用した際のMcLachlan距離L^2と呼ばれるものを使用します。
フォンノイマン方程式



Ψは波動関数、Hはハミルトニアン。
McLachlan距離L^2





2重線で囲われた部分はFrobeniusノルム、θ˙\dot{\theta}θ˙ はθの時間微分。
変分原理から得られるパラメーターθの更新式

(式は[3]より)
計算ステップは以下の通りです。各番号と対応する論文フローチャートの箇所を下図に記しました。
1:初期状態Ψ=Ψ_0生成する
2:t→t+dtとする
3:L^2を評価
→もしL^2が閾値(L_cut^2)より小さいなら、パラメーターθ更新して2へ
そうでないなら4へ
4:演算子プールに含まれる各時間発展演算をθ=0でΨに追加し、L^2が最小となる演算子を採用。3へ

図1: 元論文[3]の図に計算ステップを書き加えたもの。(a)は計算のフローチャート、(b)はL^2の計算(MMD)。
なぜこれで時間発展が計算できるのか説明します。まず波動関数の微小時間発展はハミルトニアンHを利用して以下のように表せます。


(式は[3]より)
二つ目の式はハミルトニアンの各項をトロッター展開した式です。ここで、各時間発展型演算子の係数h_μをパラメーター化したものはHamiltonian Ansatzと呼ばれます。
このHamiltonian Ansatzを用いて量子変分時間発展を行えば、(ハミルトニアンの時間発展演算子とほぼ同じ形なので)効率よく時間発展をシミュレートできそうです。しかし、このAnsatzはHamiltonianに含まれる全演算子に関する時間発展を行っており、時間発展に寄与しないような時間発展演算子が多く含まれます。そこでADAPT-VQEと同じくプール演算子、今回はHamiltonian各項に対応する時間発展演算子の変分時間発展の寄与を評価し、寄与の大きな時間発展演算子のみを順次取り込むことで、少ない演算回数(ゲート数)で時間発展をシミュレートできるというのが本アルゴリズムのポイントです。その際に評価値、つまりADAPT-VQEのエネルギー期待値に相当するものがMcLachlan距離L^2です。今回の場合、L^2=0が変分時間発展で極小値をとることに対応します。そこで本アルゴリズムではL^2に寄与する演算子を順次取り込んでゆき(上記のStep4)、L^2<L_cut^2~0となった時点で微小時間発展を実行します(上記のStep3→Step2)。そして微小時間発展後はL^2が増加するため、さらに演算子を取り込んでまたL^2を小さくしてゆく、ということを繰り返します。これにより必要最小限の演算子のみを取り込み量子変分時間発展を行うことができます。
数値計算結果
以下の横磁場XY模型の時間発展をシミュレートしています。γ=1-2t/Tで0<t<Tで変化させます。L_cut^2=10^(-3)、h_z=-0.7Jです。図2を見ると正確に時間発展をシミュレートできていることが分かります。また図3を見ると、本手法(赤)はHamiltonianのトロッター展開(緑)よりも少ないゲート数で時間発展の計算ができることが分かります。


図2: サイト数N=6(上)とN=8(下)におけるスピン相関関数の時間変化。印は厳密値、線は本手法によるもの。

図3: サイト数N=6(上)とN=8(下)における時間発展演算に必要な2量子ビットゲート数。緑はHamiltonian時間発展のTrotter展開、赤は本手法によるもの。
(図は[3]より)
結論・感想
本研究ではADAPT-VQEと量子変分時間発展を組み合わせたアルゴリズムが提案されました。
ちなみに同時期に同様な内容の手法が提案されており[4]、違いとしては変分原理の代わりに適応積公式というものを使用しているようです。量子計算研究の競争は激しくなっているため、他の人と被らないテーマ選びと運も重要かもしれません。
参考文献
[1] H. R. Grimsley, S. E. Economou, E. Barnes, N. J. Mayhall, An adaptive variational algorithm for exact molecular simulations on a quantum computer. Nat. Commun. 10, 3007 (2019).
[2] S. McArdle, T. Jones, S. Endo, Y. Li, S. C. Benjamin, X. Yuan, Variational ansatz-based quantum simulation of imaginary time evolution. npj Quantum Information. 5, 75 (2019).
[3] Y.-X. Yao, N. Gomes, F. Zhang, T. Iadecola, C.-Z. Wang, K.-M. Ho, P. P. Orth, Adaptive Variational Quantum Dynamics Simulations. arXiv [quant-ph] (2020), (available at http://arxiv.org/abs/2011.00622).
[4] Z.-J. Zhang, J. Sun, X. Yuan, M.-H. Yung, Low-depth Hamiltonian Simulation by Adaptive Product Formula. arXiv [quant-ph] (2020), (available at http://arxiv.org/abs/2011.05283).
[5] A. Peruzzo, J. McClean, P. Shadbolt, M.-H. Yung, X.-Q. Zhou, P. J. Love, A. Aspuru-Guzik, J. L. O’Brien, A variational eigenvalue solver on a photonic quantum processor. Nat. Commun. 5, 4213 (2014).