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[論文解説] Morvan, A., Villalonga, B., Mi, X., Mandrà, S., Bengtsson, A., Klimov, P. V., Chen, Z., Hong, S., Erickson, C., Drozdov, I. K., Chau, J., Laun, G., Movassagh, R., Asfaw, A., Brandão, L. T., Peralta, R., Abanin, D., Acharya, R., Allen, R., . . . Boixo, S. (2023). Phase transition in Random Circuit Sampling. ArXiv. /abs/2304.11119
概要:
70量子ビットを持つ第二世代Sycamore量子プロセッサ上でのランダム量子回路サンプリングを行い、同時に理論的解析から、量子回路がその層の深さとノイズの大きさによっていくつかの相の間での転移を示し、今回の実験は現在知られている古典的シミュレーションによっては到達不可能な量子性を示す低ノイズ相に確実に入っていることを示した。
背景:
2019年、Googleは53量子ビットのSyacamoreプロセッサによるランダム量子回路サンプリングのタスクによって、いわゆるQuantum Spremacyを達成したと報告した。この論文中で彼らが200秒程度で実行したサンプリングを、古典コンピュータでは
この論文の成果:
本論文は、その2019年の論文に対するGoogle自身のフォローアップということができ、より多くの量子ビットを持つ第二世代のSycamoreプロセッサとより洗練された理論的解析により、このランダム量子回路サンプリングという特定のタスクに関しては、議論の余地なく量子プロセッサの優位性を示したものと言える。
手法
第一の相転移
まず、最初に層の数と出力される量子状態の関係を検討する。その挙動は端的にはこのFig. 1Aに示されており、まずノイズがない場合、つまり図の一番下の横軸に注目すると、層の数が少ないうちは入力に与えた初期状態の影響が残るため、ビットパターン毎に見た出現確率が特定のものに偏る傾向があるが、層の数が一定の値を超えると、このビットパターンの出現確率の分布が初期状態の影響をほぼ受けずに、ポータートーマス分布と呼ばれる指数関数的なふるまい(図では縦軸が対数になっていることに注意)を示すようになる。さらにこれにノイズが加わると、初期状態の影響がより早く打ち消されるため指数的ふるまいの領域により少ない層数で転移する。この領域では2019年の論文でも用いられたクロスエントロピーベンチマーク(XEB)が量子性のよい指標になる。ただし、この領域に入っていることは高い量子性の必要条件にすぎず、量子性の確認のためにはもう一つの観点からの相転移を見る必要がある。
第二の相転移
次に考えなければならないのはノイズが量子状態に与える影響で、これはFig. 2Bの方に反映されている。こちらもグラフの下部、ノイズのない理想的な状態から考えると、系全体がエンタングルして全量子ビットが一つの大きな量子状態を形成している。一方、ここに一定以上のノイズが加わると長距離の量子相関が打ち消され、系の状態は複数の小規模なクラスターからなる量子状態の積に分解する。前者を弱ノイズ相、後者を強ノイズ相と呼ぶと、弱ノイズ相が実現されていなければ、量子ビット数が多くても実質的には少ない量子ビット数しかないのと同じであり、各クラスターごとに容易に古典コンピュータでシミュレートできることになる。
したがって、実機が十分な層の数で、かつ低ノイズ領域で動作していることを確認することが重要になる。エラーの大きさを表すパラメータとしてゲートあたりのエラー率
一方で回路全体がどの程度理想的な量子回路に近く動作しているかは、次のクロスエントロピーベンチマーク(XEB)と呼ばれる量で測定できる。
層数とXEBの挙動
XEBの挙動を見ることで、この二つの相転移に関しての分析が可能になる。その様子は次のFig. 2に示されている。
Fig. 2Aの挙動を理解するために層の数dが0の場合を考えると、状態は初期状態のままなので、
弱リンクモデル
これを見るために、次のような弱リンクモデルを考える。n量子ビット系をn/2量子ビットずつの系二つに分割し、その二つの系の間をT層ごとに一つの2量子ビットゲートで連結する。Tが無限大の極限では二つの系は相互作用していないので、理想的なケースでの各系の初期状態の影響がなくなった、つまりエルゴーディックな量子状態を
以上は二つの部分系が完全に独立していた場合だが、これを大きいが有限のTごとに2量子ビットゲートで連結すると、一つのゲート毎に確率
となる。これを実験で得られた挙動 Fig. 2Cと比較してみる。strong noise(オレンジ)の方のデータは、回路中にあえて冗長なゲートとその逆ゲートを挿入することでノイズを実効的に大きくすることで得られている。ノイズが小さいときは(2)式の第2項が支配的で、dが大きくなるにつれ第1項は無視できるようになる。Fig. 2Cのweak noise(ブルー)のデータも実際にd=40あたりからはほとんど
同様のことは、Fig. 2Dで層あたりのエラー
Fがどの程度1に近いかによってXEBのどちらの項が支配的になるかが決まるので、
この二相の切り替わりはFig.3で見ることができ、確かに
A-Cは一次元のスピン鎖を結合した形の弱リンクモデルで、部分系を結合する2量子ビットゲートの間隔を8, 12, 18と変化させてテストしたもので。Tが大きくなるほど部分系同士のエンタングルが弱くなるのでノイズの影響を受けやすく、より低いノイズの値でクロスオーバーが発生している。E, Fは量子ビットが2次元に配置されている場合で、部分系内部の量子回路の構成によっても相転移点が影響されることが分かる。いずれの場合も、Tを変えながらクロスオーバーの起きるノイズの値を調べることにより、
結果
今回の主要な結果はFig.4に要約されており、Fig.4Aは古典シミュレーションが可能なように70量子ビットを二つ(緑)あるいは三つ(青)の領域に分割して、各部分ごとに理想的な場合のシミュレーションを行い、これと実測値の比較によってXEBを求めたものである。分割のために除かれた2量子ビットの持つエラーがなくなるので、フルにデバイス全体を利用した時よりFが大きくなっているが、層数に対する挙動はほぼ
この計算の困難さを評価するための古典計算の手法として、今回の論文ではテンソルネットワークの縮約による方法とMPSベースの手法の二つを検討しており、テンソルネットワークに関しては今までよりも改善された計算法を提案してその上での評価となっている。またMPSでは今回の実験に相当するフィデリティでの計算は現在のスーパーコンピュータのメモリでは困難であると述べている。
与えられたフィデリティの下でテンソルネットワークの縮約によって特定の一つのビットストリングに対する振幅を計算する場合の、メモリ制限を考慮しない場合の計算量を考えると、これは計算の困難さの下界となり、各実機での実験に対してこれを評価したものが下図である。
Fig.4Bがこのように評価した計算量で、量子ビット数と層数によるプロットとなっているが、非常に大まかには両者の積がゲート数に比例することを思うと、計算量の等高線が、
Fig.4Cは古典シミュレーションをMPSによって行った場合で、この場合はまず実機で達成されているような
参考文献
[1] Morvan, A., Villalonga, B., Mi, X., Mandrà, S., Bengtsson, A., Klimov, P. V., Chen, Z., Hong, S., Erickson, C., Drozdov, I. K., Chau, J., Laun, G., Movassagh, R., Asfaw, A., Brandão, L. T., Peralta, R., Abanin, D., Acharya, R., Allen, R., . . . Boixo, S. (2023). Phase transition in Random Circuit Sampling. ArXiv. /abs/2304.11119
[2] Arute, F., Arya, K., Babbush, R., Bacon, D., Bardin, J. C., Barends, R., Biswas, R., Boixo, S., Brandao, F. G., Buell, D. A., Burkett, B., Chen, Y., Chen, Z., Chiaro, B., Collins, R., Courtney, W., Dunsworth, A., Farhi, E., Foxen, B., . . . Martinis, J. M. (2019). Quantum supremacy using a programmable superconducting processor. Nature, 574(7779), 505-510. https://doi.org/10.1038/s41586-019-1666-5
[3] Zhu, Q., Cao, S., Chen, F., Chen, M., Chen, X., Chung, T., Deng, H., Du, Y., Fan, D., Gong, M., Guo, C., Guo, C., Guo, S., Han, L., Hong, L., Huang, H., Huo, Y., Li, L., Li, N., . . . Pan, J. (2021). Quantum Computational Advantage via 60-Qubit 24-Cycle Random Circuit Sampling. ArXiv. /abs/2109.03494