量子業界周辺で多くの人をモヤモヤとさせてきた問題、いまだにモヤモヤしている問題が「擬似量子」界隈だと思います。
簡単にいうと、量子アニーリングという解法があるものの、これがよくわからなくてシミュレーテッドアニーリングを擬似量子と呼ぶことで同様の問題を解いてしまおうという流れです。
原理的には量子アニーリングとシミュレーテッドアニーリングは違うものなので、混同して利用する必要はないのですが、マーケティング用語として「量子」を利用した方が儲かりそうだとか、お客さんがつきそうだとか、予算が降りそうだという理由で意図的に混同されて利用されてきました。
しかし、それは弊害としてさまざまな誤解や軋轢を生んで専門家から注意を受けるだけでなく、一般の方々の心象をとても悪くしてきました。しかし、それでも意図的に混同させようという動きはそのような状況で恩恵を受ける人がいる限り続いてきましたが、自分の周りでは最近そのような状況が大きく解決しつつあります。
「量子」と組合せ最適化に関する怪しい言説 ―とある研究者の小言―
https://tasusu.hatenablog.com/entry/2021/07/03/131243
「海外は量子アニーリングに見切り」──ハードもソフトも開発する量子ベンチャー「MDR」に聞いた「量子コンピュータの今」
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/1906/03/news033.html
2023年3月、いくつかの理由によって、もはや量子アニーリングとシミュレーテッドアニーリングを混同する必要は無くなったと言えます。
1、量子アニーリング実機の性能がもはや伸びない。
2、量子企業の業績が著しく悪化していてビジネス応用がうまくいっていない。
3、デジタルアニーラやベクトルアニーリングを利用した社会実装で実用的な成果報告が上がり始めている。
4、シミュレーションと実機の量子ビット数や接続数の上限に大きな乖離が生まれ、明らかにシミュレーテッドアニーリングの方が優位になりつつあり、もはや量子の冠をつける必要がない。
5、ビジネス化が進み、計算以外の部分のサポートの比率が上がり、計算主体の企業の撤退が進む。
6、お客さんが夢から覚めて現実的なリターンを求めるフェーズに入った。
などです。簡単にいうと3年5年経って、企業は夢から覚めて現実的な成果を求め始めたということです。その際に、これまでは供給側の意見が大きかった部分が、需要側の意見が大きくなり、結果的には「大規模シミュレーテッドアニーリングでQUBOを解く」というシンプルな行動が勝ち始めているということだと思います。
実際サービス提供側も以前はASICやFPGAなど特殊な独自実装を追い求めてきていましたが、最近は各社GPUを利用したシミュレーテッドアニーリング(とそれに類するメタヒューリスティクス解法)の並列化への回帰が目立ちます(NECさんのVAは専用マシン)。そして、それらの解法は最近では大規模なQUBOを解くという独特の活動を突き詰めた結果、新たな成果が出る領域まで踏み込み始めているというのが現状です。それらの成果は、量子に投資を行ってきたユーザー側企業にとってもきちんと社内説明のつく投資回収ステップとして受け入れられ始めています。
別の視点で重要なのが、果たして大規模QUBOをシミュレーテッドアニーリングで解くことが量子産業にとってプラスかどうかということです。これは、QUBO定式化を量子産業の定式化の重要なステップとして捉えると明確に言ってしまえば全く問題ないと思います。QUBOの定式化は量子アニーリングにとっても、量子ゲートのQAOAにとっても、シミュレーテッドアニーリングにとっても行うステップは全く同じであり、どのソルバーが最終的にいい答えを返したとしても、利用側にとっては量子の夢が覚めた後ではあまり違いはない話になるからです。QUBOで解いたことでメリットが見えそうな社会問題があるかないかを見極めるだけでも大仕事なので、それを見極めるだけでもQUBOをつかったシミュレーテッドアニーリングでも解きづらい問題があるというだけでも、量子を利用して将来的にQUBOソルバーを継続開発しましょうというモチベーションに繋げれば良いだけになります。
ということで、2023年3月現在で、これまでたびたびモヤモヤポイントとなってきた擬似量子問題は、QUBO定式化部分だけを今後の量子発展にとって必要なステップと位置付けてドライに割り切ることで問題解決できるような雰囲気になってきたと思います。以上です。