*過去の記事です。会社名も以前のMDRの時のです。
はじめに
この記事は2014年からの量子コンピュータの変遷を記録し、これから2020年を境にいろいろ量子コンピュータに関わる方々の方向性が変わっていくと感じているから備忘録のために書いておきます。
2014年は量子アニーリング、2018年は量子ゲートNISQ
MDRというベンチャー企業でblueqatという量子コンピュータ向けのSDKを提供しています。おかげさまでダウンロード数やユーザー数も順調で、仕事も忙しく進めています。あまり情報を公開しないスタンスでしたがほどよく進めています。
弊社の珍しいところは、東京大学・東工大中心のメンバーで進めていましたが、特に大学の研究室をバックグラウンドとしてはおらず、ビジネス視点で常に物事を進めています。そのため大きな利点は方式に捉われずいろんな技術を身につけているところで、普通は量子アニーリングは東工大・東北大、量子ゲートは阪大・京大・東大みたいな棲み分けに乗っていないために、色々な経験をすることができました。
2014年からは量子アニーリング、2018年からは量子ゲートを中心に仕事をしています。
ただ、量子アニーリングをやらないというわけではなく、
D-Waveが新型コロナ対策用に量子コンピューターへのアクセスを無料提供
の記事にあるように、必要があれば積極的に技術提供をしています。両方の方式を一貫して事業として進め、両方のツールを提供している企業は世界中でMDR以外はあまりいないので、海外からも面白がられて日々問い合わせがあります。
そんな中で気づいたことを書いて見ます。
量子ゲートNISQは量子アニーリングそっくりだった
それは、機能としてもそうですし、ビジネスの進み方も似ていました。量子アニーリングはカナダD-Wave社が中心となって枠組みが作られ、当初はGoogle社も積極的に関与していました。2016年にはGoogle+NASAが量子アニーリングは一億倍高速論文を発表しましたが、その雰囲気は2019年の量子超越そっくりで、実際手法も同じチームがやっていたので似ていました。2016年の発表はその後抜かされてしまったので、今回の量子超越は事前リークという手法で保険をかける慎重ぶりでした。
量子アニーリングでは「組合せ最適化問題」と「ボルツマンマシン機械学習」が開発されました。特にボルツマンマシン機械学習はロッキードマーチンが大きく発展に貢献し、現在のNISQ量子ゲートのボルンマシンまでその系譜が引き継がれています。
量子ゲートNISQマシンは元々汎用量子アルゴリズムで「量子位相推定」がありますが、それの代替アルゴリズムの「VQE」が当然流行りました。位相推定は暗号解読や量子化学計算に利用されますが、NISQでは暗号解読は到底無理そうに見えるので、量子化学計算が流行りました。VQEを開発した当時ハーバード大学教授のアランアスプルグジックは友達なので色々話をしてくれました。量子ゲートNISQマシンではVQEのほか、量子アニーリングと同じ計算のできるQAOAが開発されました。
最新の量子コンピュータのGoogleの論文では、このVQEとQAOAの実機搭載の論文が発表されたことから、VQEとQAOAの大事さがわかります。量子ゲートNISQではVQEとQAOAが大きな成果となったと思います。
QAOAは量子アニーリングの課題を2つ解決した
QAOAはまだ大きな計算ができません。量子アニーリングマシンはアナログマシンに対して、NISQは半分デジタルマシンなので同じ大きさのサイズの問題は到底解けません。
量子アニーリングの課題として、「複数量子ビットの相互作用」と「ハード制約」の問題を一部解決しました。量子アニーリングでは回路の特性上2つの量子ビット同士の相互作用までしか計算できないため、複数量子ビットの相互作用が問題に出る場合には、余剰量子ビットを活用して数学的な分解をする必要があります。量子ゲートのNISQではシミュレーションでそれを行うために分解が不要で簡単です。
また、量子アニーリングでは非常に厄介な問題として、制約条件という数式を必要としますが、量子ゲートのNISQではその制約を量子もつれと時間発展演算子を併用して解決するQuantum Alternating Operator Ansatzと呼ばれるテクニックが開発され、ソフトの一部が不要となり、正答率が大幅に上がりました。
このように根本的な課題が解決されましたが、量子ビット数が少ないという問題と、上記テクニックを使ったときに量子回路が長くなるため、既存の量子ゲートNISQマシンではきちんと計算できないという課題があります。
また、量子アニーリングでは2000-5000量子ビットで接続も改善されつつありますが、量子ゲートNISQでは20-50程度の量子ビットで二次元格子以下の接続となっており、swapゲートを使えば解決もできますが、回路が長くなるというので課題が残っていて、実質的に実装が難しいです。この量子ビット数の違いは当面解決されることはなさそうです。
1万量子ビットの全結合でもイジングはまだ使えない
量子アニーリングのD-Wave Leap2は量子と古典を並列で複数走らせ、その中でいい結果を採用するという仕組みになったようです。最大で1万量子ビットのイジングの全結合が使えるようになりました。しかし、1万あっても上記のソフト制約や複数量子ビットの相互作用の課題があり、調整変数というものが出てしまい、効率的に計算は出来ません。しかし工夫すればなんとか使えなくはないというところまで来ましたが、やはり量子ビットを多く消費してしまうので効率的なソフトウェアが見つかっていないのが課題です。
世界の有名ベンチャーは多くが量子アニーリングと量子ゲートの両方できる
日本特有なのは学閥で量子アニーリングと量子ゲートを扱う企業は分かれています。海外で両方のツールを提供というのは少ないですが、両方の技術を持って受託やコンサルティングをしている企業は多くいます。
・Rigetti+QxBranch
・1Qbit
・Zapata
・QCWare
など、北米の量子コンピュータベンチャーは元々量子アニーリングからスタートしているので、量子アニーリングができます。その後どの会社も量子ゲートにピボットしているのが特徴です。うまく技術を使い分けてなんとか生き残るのもこの業界の特徴で、三年ごとに波が来るので、その度にピボットしたりしながら生き残ってきています。もちろん聞かなくなった企業もありますし、新しく参入してきているところもあります。
北米のベンチャーにも聞きましたが量子化学の仕事は少なく、多くは最適化ということでした。
日本企業が多分世界で一番量子コンピュータを使っている
D-Wave社との契約企業数や量子アニーリング、量子ゲートに関わる企業は多分日本企業がクライアントで一番多いのではないでしょうか。北米に出張によく行きますが、向こうの企業が積極的に量子コンピュータに関わっているのはあまり聞かず、保守的で懐疑的な感じがします。日本企業は採算度外視で量子コンピュータに関わっているように思います。
量子機械学習は課題が多い
これから量子機械学習のアプリケーションやツールが増え始めていますが、ほぼVQE/QAOAの次を探すために消去法で機械学習になっている感じがします。モデルはQCBMと呼ばれるタイプが多いですが、変数が多いのでなかなか学習は大変そうです。量子アニーリングもボルツマンマシンは相変わらず研究はされていますが、理想的なボルツマン分布を取り出すのは難しいぽくて、なかなか数年進んでいないのが現状です。
量子ゲートNISQではVQEの変分回路の流れを組む形の回路が主流で比較的取り組みやすいですが、課題が多いので今後数年をかけてパフォーマンスやモデルの開発が進むのでそれまではどれが残るのかはわからないでしょう。
Googleはハードウェアが中心のチームで、ソフトウェアチームはGoogleXというところで量子機械学習を作っている方が先進的です。GoogleXのチームは最近Tensorflow Quantumという深層学習と量子コンピュータをつなげるツールを提供していますが中身は未完成で実験的な内容です。そもそもGoogleX自体が研究開発中心なので、事業化はまだまだ先ということになります。
世界中で量子機械学習の論文が出ていますが、多くはシミュレータで実行されており、その中でも実機を使ったものはせいぜい4-5量子ビット程度しか使われていません。変数が多いので、VQE以上に大変と思います。
超電導は一悶着起きてる
自社ではプロセッサチームを抱えていますが、2020年からはあまりハードウェアに言及するのはやめました。ソフトウェアとハードウェアは文化が違いますし、私たちはソフトウェアを中心として生業をしているので、ハードウェアは出て来たものを使います。
最近Rigettiは調達をしましたが、それはダウンラウンドという評価額を落としての調達になりました。ベンチャーでダウンラウンドは成長に疑問符がついたということなので、かなり評判を落とします。また、量子超越を達成した直後にGoogleのハードウェア責任者のジョンマルティニスが意見の不一致で辞任し、Googleを退社するという事件が最近報道され、google社との不仲の恨み節インタビューが多数掲載されています。量子超越から今後実用化に向けて進まないといけないタイミングでハードウェアの開発に黄色信号が灯るのはちょっと大変な自体です。
ただ、50量子ビット前後のマシンを作ったのは事実で、それを使った論文も出始めています。今後は大きめ超電導を活用した方向性も一つ活発化するでしょう。
光学系マシンの台頭
そのタイミングで光マシンやイオントラップなどの光学系を利用したマシンも出てきましたが、光マシンは実用化がまだですし、イオントラップも市場投入がこれからなので改良などの時期を考えてもまだ時間はかかりそうです。こちらも未知数と言えるでしょう。見守っていきたいと思います。
結局ビジネスと研究の板挟み
結局事情として見えるのは当初どおり、2015-2018年に米国で起こった量子コンピュータベンチャーへの多額の投資の評価が今精査されているということでしょう。そのタイミングで投資の見返りとしてリターンを見たときに、十分なリターンを得るに至っていないというのが大きな課題として量子コンピュータ業界に降りかかっているのでしょう。
大学研究の進め方とビジネスの進め方はかなり違います。例え、無理そうな計画でも投資した数倍のリターンを5年程度で期待していた投資家が多くいて、それに対してバラ色の説明をしてしまったために後で問題になったというだけだと思います。確かに2015-2018年前後は今の状況とは異なり、かなり行けそうな雰囲気でしたが、量子技術はそう甘くなかったので、想定通りにはいかなかったということでしょう。
かといって量子コンピュータの技術はハードウェア、ソフトウェアともに着実に前進しましたので、この進捗具合をどう評価するかということにつきますし、中国の成果がまだ出てきていませんので、今後中国の動き次第で再度活発化される可能性もあります。
2020年からはチャレンジの時期
これまでの量子ゲートNISQは量子アニーリングの組合せ最適やボルツマンマシンの資産を生かして、QAOAやQCBMなどの新しいアルゴリズムを発展させることができました。また、位相推定の代替を手に入れ、VQEを発展させることで応用範囲を広げることができました。Groverのアルゴリズムなど汎用アルゴを評価したり、これまでの資産をうまく使ってスタートダッシュを切ることができました。今後の方向性は、やっぱりNISQではダメだということで誤り訂正を急ぐ流れもありますが、すぐに実現は難しそうです。
また、アルゴリズムも既存の計算機で十分シミュレーションできる範囲でしかサイズ展開ができていません。小さいサイズなら量子ゲートNISQでも動くけど、サイズが大きくなったときにスケールするような仕組みがまだできていませんのでハードウェアの展開だけでなく、ソフトウェアがわも課題を抱えています。
2020年からは広くユーザーを増やしてこの辺りを探索して行く感じになるのではないでしょうか。よく量子コンピュータは爆速という人がいますが、全くそんなことはなく、逆に劇遅なレベルなので、もちょい長い視点で見る必要がありそうです。
すぐに成果が欲しい場合には、新しい技術を開発して応用するのがいいのではないでしょうか。2014年から行ってきた量子コンピュータエンジニアのスキルはうまく統合され頭の中で綺麗に整理されました。
2020年からはそれぞれ思い思いに
正直ベンチャーや大手企業として量子ビジネスがキツそうなところも結構あります。一方覚悟を決めてやることを突き詰めている企業も増えてきた気がします。誠実に技術や理論に向かい合い、何をやるかを決めた企業も多くあるみたいに見えます。量子アニーリングでやると決めたところ、量子ゲートNISQでやると決めたところ、やめるところなどそれぞれベンチャーも最大限自分たちの特徴を活かした形で進む方向性がそれぞれ違う方向に向かっているのでそれらの違いを見るのも楽しそうな時期になってきました。
自分自身もこれまでの6年の経験を生かして違う方向性に進むことを決めたので自分自身でこれからが楽しみです。