光量子コンピュータは現在の超伝導量子ビットなどのビット型の量子コンピュータとは異なる発展を遂げています。独自のコミュニティを構築する必要性があり、僕も今後はビット型に責任もって集中しないといけないので、あまり言及しすぎずコミュニティに任せたいのですが、今はまだ立ち上がり始めている段階です。
凸版印刷様からニュースリリースを出していただけました。本格的な光量子コンピュータの商用化、ビジネス化が始まったといってもいいのではないでしょうか。これまで大手企業から光量子コンピュータの産業化に関する明確なリリースは出たことがあまりないと思います。
凸版印刷とblueqat、光量子計算に関する論文が
IEEEの国際会議「QCE21」ポスターセッションに採択
計算時間を短縮する新規計算手法を考案し、光量子計算の可能性を示唆
https://www.toppan.co.jp/news/2021/10/newsrelease211019_1.html
弊社では、超伝導方式やイオントラップ方式がメインの量子ビットタイプの量子コンピュータのほかに、光の粒である光子をメインに取り扱う光量子コンピュータのチームがあり、光量子コンピュータ向けのソフトウェア開発には量子ビットとは異なるタイプのツールが必要となり、すでにphotonqatを開発しました。
https://github.com/BosoniQ-github/Photonqat
今回のIEEEのQCE21における共同の発表は、この光量子計算の基本原理を見直した基礎研究ですが、その光連続量計算と呼ばれる光の波動性に注目した計算手法はツールとして量子コンピュータ向けのアプリケーション開発に利用され始めています。
では、光量子コンピュータとビット型の量子コンピュータはアプリケーションの利用範囲や応用分野の順番が異なります。今回は技術的な視点から光量子コンピュータが今後ハードウェアとソフトウェアにおいてどのような課題を解決したり、直近のアプリケーション応用をどのようにしたらよいか、個人的な視点からご紹介したいと思います。光量子コンピュータのチームは僕のほかにあるので、詳しい技術的内容はフォーラムなどで質問してみてください。
ガウシアンボソンサンプリング(GBS)を利用した初期のアプリケーション構想
光量子コンピュータのアプリケーションとしてもっとも初期に期待されているのが、ガウシアンボソンサンプリングと呼ばれるアルゴリズムを利用したものでしょう。2020年に中国科学技術大学がスパコン富岳で6億年かかる計算を200秒で行ったと話題になりました。
このガウシアンボソンサンプリングはハフニアンと呼ばれる行列に定式化されたある種の組合せ最適化問題を高速に解くことができます。今回IEEEで発表した内容はこのハフニアン計算を高速化するというところに視点を置いており、現在世界でも最先端のトピックとなっています。
このガウシアンボソンサンプリングを利用したアプリケーションがもっとも初期の光量子コンピュータ向けのアプリケーションとして期待されていることは間違いないでしょう。
GBSを用いた分子ドッキング法
カナダの創薬ベンチャー企業ProteinQureから光量子コンピュータ向けのGBSを利用した分子ドッキング法の計算が論文化されています。こちらは2つの分子をドッキングする際に効率的なアルゴリズムとしてGBSを取り上げています。
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.aax1950
このように社会応用としてすでにGBSは研究が進んでいます。このほかにも多くの利用方法が考えられますので、GBSの社会問題実装はさらに進むでしょう。現在光量子コンピュータの計算ができるツールはカナダのStrawberry Fieldsとblueqatのphotnoqatの二種類です。これらを使って光量子コンピュータのソフトウェアの開発をお勧めします。量子ビットと比較すると選択肢は少ないです。
続々登場する光量子ハードウェア、増大する投資
光量子コンピュータのハードウェア開発世界中で莫大な金額をかけて行われています。カナダのXanadu、米国のPsiQなどは数百億円レベルでの調達を実現しています。
PsiQuantum Raises $450 Million to Build Its Quantum Computer
https://www.wsj.com/articles/psiquantum-raises-450-million-to-build-its-quantum-computer-11627387321
また、イギリスのベンチャー企業が超小型化を実現しています。
https://www.bbc.com/news/technology-58738571
光量子コンピュータのベンチャー企業は相対的に数が少ないので投資が集中するため、一社あたりの投資額が多いです。また、ハードウェアは冷却の必要がない常温設置が可能なために商用化が期待されています。一方でソフトウェアを構築するための理論が難しいため参入障壁が高いというのも課題です。弊社はその参入障壁を超えて世界で珍しい光量子のツールをオープンソースで提供しています。
量子ビット型量子ゲートほどソフトウェアがわかりやすくない
光量子コンピュータのソフトウェアは量子ビット型の計算である、状態ベクトルにユニタリ演算を実行するというものとは異なり、光の波動性に注目し、調和振動子としてモデル化した量子状態に対して各種光に適用できる操作を演算化したものを実装しますが、ガウス状態、非ガウス状態によっても操作が変わったり、使う演算も変位ゲートや回転ゲートなどでも変わったり、シミュレータもガウス状態を想定したGaussian Wigner関数を利用して近似計算など、複数あります。とにかく最初の調和振動子の概念はある程度物理学にしっくりこないと難しく、ソフトウェアもその前提で話が進むので普及が難しいという課題があります。
その他のアプリケーション展望:時間発展シミュレーション
量子ビット型の量子コンピュータの多くは時間発展計算があります。ハミルトニアンを設定してその時間発展で問題を解きますが、光量子コンピュータで今後解決しないといけない課題とアプリケーション展望として、ボースハバードモデルにおけるハミルトニアンを利用した時間発展問題や最近提案されたQAOA時間発展などがあります。
量子ビット型ではイジングモデルを利用しますが、光量子では一つの格子点に複数の光子が配置できるので、扱う式が異なります。また、QAOAは量子断熱計算ではなく、似たような式を使うことで時間発展で関数の最小値問題を解けるグローバーのアルゴリズムのような使い方ができます。
ただ、この時間発展シミュレーションを実機で実行するには、回転ゲート、カーゲート、ビームスプリッターゲートが必要となり、特に非線形のカーゲートの実装もしくはその代替ゲートの実装が難しいといわれており、ハードウェアの開発が必要になります。
光量子コンピュータも、GBS、QAOA、ボースハバードハミルトニアン最小化など様々なアプリケーションモデルが考案されていますので、社会問題を一つずつこのモデルに当てはめて応用範囲を探索していくことがまずは第一弾のとりかかるとなるでしょう。以上です。