電子スピンから始める量子ビット入門
今回は今後マイクロ波を利用しない量子コンピュータの実現に向けて電子のスピンの中でも符号化された
ST量子ビットに注目してみます。
〜ST量子ビットの仕組みとその先へ〜
1. 電子のスピンとは?
- 電子は「小さな磁石」のような性質を持っています。
- この性質を スピン と呼び、量子力学的には 内部自由度(角運動量の一種) です。
- スピンには「上向き ((
))」と「下向き ((|\uparrow\rangle ))」の2つの状態があります。|\downarrow\rangle - 量子力学の面白い点は、この2状態の 重ね合わせ が可能なことです:
これが 量子ビットとして利用できる理由です。
2. 2つのスピンを組み合わせると?
電子2つを並べると、4通りの組み合わせがあります:
この4状態は、量子力学的には「全スピン量子数」で分類できます。
- シングレット (S=0, 1状態)
→ スピンが逆で完全に打ち消し合う状態
- トリプレット (S=1, 3状態)
→ スピンが揃った(または重ね合わさって平均的に揃っている)状態
3. シングレット・トリプレット (ST) 量子ビット
量子ドットに電子を閉じ込め、2電子系のシングレットとトリプレットを使って量子ビットを作るのが ST量子ビットです。
- 論理0: (
)|0_L\rangle = |S\rangle - 論理1: (
)|1_L\rangle = |T_0\rangle
初期化の工夫
- (0,2) 配置(片方のドットに電子2つ)では、パウリ排他律により必ずシングレットしか入れません。
- これを (1,1) 配置に戻すことで、確実に (
) に初期化できます。|S\rangle
測定の工夫
-
(1,1) → (0,2) への遷移を試みると:
- シングレット → (0,2) へ移れる
- トリプレット → 移れず (1,1) のまま
-
これを電荷センサーで検出することで、スピン状態を測定します。
4. ST量子ビットの課題
- ST量子ビットは「シングレットとトリプレット」を使うため、交換相互作用で Z軸回転(エネルギー差の位相回転) は自然に実現できます。
- しかし X軸回転など他の操作をするには、工夫が必要です。
- このため2量子ビットだけでは「交換相互作用だけで完全制御する」のは難しい。
5. その先にある EO (Exchange-Only) 量子ビットへ
- この制約を克服するために考案されたのが EO量子ビット。
- EOでは 3つのスピンを符号化し、交換相互作用だけで SU(2) の完全な制御を実現できます。
✅ 今回の記事まとめ
- 電子スピンは2状態系で、量子ビットの自然な実装。
- 2スピンを組み合わせると「シングレット」と「トリプレット」に分かれる。
- ST量子ビットはシングレットとトリプレットを論理基底に使う方式。
- 初期化・測定にはパウリ排他律と電荷遷移を利用。
- ただし操作には工夫が必要 → これが EO に繋がる動機となる。