[コラム]なぜD-Waveは量子ゲート方式に行かざるを得なかったのか

2019年に「海外は量子アニーリングに見切り」の記事を出して各方面から怒られた湊です。


https://www.itmedia.co.jp/news/articles/1906/03/news033.html


今回D-Wave社が量子ゲート方式のハードウェアを製造する計画ということで、量子アニーリングの今後とD-Wave社の方向性について考察をしてみたいと思います。


弊社は2018年に量子ゲートをはじめて、量子アニーリングと量子ゲートの両方を行っている珍しい企業です。また、2018年には独自設計の量子アニーリングの量子ビットの開発に成功しています。量子ゲートと量子アニーリングの両方のSDKをリリースし、最近では開発した光量子コンピュータのSDKを子会社化しました。


https://www.bosoniq.net/


そんな量子アニーリングと量子ゲートの両方を行っている弊社の立場から考えると今回のD-Wave社の量子ゲート方式への「移行」はとても納得感のあるもので、実際に2019年には弊社から量子ゲートへの移行を提言したこともあります。これには大きく量子コンピュータ業界を取り巻く環境と、理論的な研究の発展の成果があります。


1、量子アニーリングでは量子超越の恩恵を授かれないし、安全保障に関われない

2、量子アニーリングやQAOAの高速性がちょっと微妙

3、顧客はアプリケーションの多様化で量子ビット数よりも今量子ゲートを求めている

4、量子ゲートマシンで使えて量子アニーリングマシンに使えないテクニックが増えている


主にはビジネス的視点ですが、技術的視点とともに見ていきましょう。


量子アニーリングでは量子超越の恩恵を授かれないし、安全保障に関われない

現在米国で量子コンピュータの産業を大きくけん引しているのは、国家の安全保障であり、中国との競争があります。中国は2020年にも量子超越を達成しており、米国の技術に急接近しているため、米国は中国を引き離すためにも量子技術の発展は不可欠です。


量子アニーリングは方式がアナログ方式で特定の計算ができますが、それ以外ができません。安全保障で最も重要視されるのは暗号や材料開発やAIであって、それらは量子アニーリングマシンでは実行ができません。具体的にはshorのアルゴリズムは量子ゲート方式のマシンで動く量子位相推定アルゴリズムをベースに作られており、量子ゲートマシンでしか動きません。量子化学計算も量子位相推定アルゴリズムがベースとなっているので、量子アニーリングマシンでは多くのアプリケーションを動かすことができず、顧客要望が満たされません。


また、量子超越議論は量子ゲート方式においてのマシンの特性なので、量子アニーリングマシンではスパコンの何倍速いという量子超越の恩恵を受けられず、量子超越のような議論ができません。その点どのくらい速いのかという議論にも参加できず、孤立している状態でした。


量子アニーリングやQAOAの高速性がちょっと微妙

これはよく専門家からも不都合な事実を隠蔽していると量子アニーリングにも批判が行くのですが、そもそもあまり高速性がないことが分かっています。量子アニーリングだけでなく、量子ゲート方式における類似の計算であるQAOAにおいても、既存コンピュータに比べて速度的な優位性がないということが分かってきており、理論的な高速性が保証されず、既存コンピュータと同じく、組合せ最適化問題に対して計算量が指数増大してしまうという課題が指摘されています。


多くの企業は組合せ最適化問題の課題である組合せ爆発をD-Waveが解決してくれると信じて計算を行っているわけなので、この前提が覆されてしまったことはとても厳しいと思います。


「量子」と組合せ最適化に関する怪しい言説 ―とある研究者の小言―

https://tasusu.hatenablog.com/entry/2021/07/03/131243


高速性がほぼないという前提が崩れた後でもビジネス面では怪しい言説が飛び交っており、ビジネス側の立場としては長いスパンで行う事業には誠実さが必要と思っていますが、誠実さを欠いたビジネスが横行しており、物理学者以外にも組合せ最適化の専門家からも最近は厳しい言説が飛び交っているところです。


この流れは日本だけではなく、米国やカナダでも起きていて、D-Wave社は慎重な立場を崩してはいませんが、周辺サプライヤーやサードパーティーの言説は度を越えることが多く、たびたび専門家などから指摘が起きていました。日本でも量子ゲートの広がりとともに、落ち着きを取り戻し冷静に評価する人が増えたように思います。


基本的には量子アニーリングでも量子ゲートでも組合せ最適化問題は現在の技術では高速性はあまり発揮されないというのが主な見方となっています。長い時間をかけて改善していくべき課題ですので、冷静な対応が必要です。


顧客はアプリケーションの多様化で量子ビット数よりも今量子ゲートを求めている

量子アニーリングマシンの特徴はビット数かと思います。将来的な用途を見込んでの量子ビット数の増加ですが、近年ではシミュレータで十分大きいサイズの問題が解けるようになりました。そのため先行して10万量子ビットを超えるアプリの探索が行われましたが、そこで量子ビット数が増大しても大して応用先が増えない、有用なアプリがないということがだんだんわかってきています。


ビジネスですので儲からないと意味がないですね。このまま量子ビット数を増やしても果実がないという分野に飛び込むよりも、量子ビット数を減らしても応用範囲を広げたいという思いがあると思います。そのため、量子ビット数を増やすアニーリングマシンよりも、量子ビット数を減らして様々な量子特有のテクニックが利用できる量子ゲートマシンに進むことは自然です。


弊社でも昨年から量子アニーリングから量子ゲートへ鞍替えをする企業が爆増しています。その流れで顧客が離反していると考えると、量子ゲートへ参入し、顧客の流出を抑えると考えるのは自然かと思います。D-Waveが一社のみで頑張る量子アニーリング業界に対して、IBMやGoogleやamazonが大きな量子ゲート市場を形成していますので、ビジネス的な判断があったかと思います。


量子ゲートマシンで使えて量子アニーリングマシンに使えないテクニックが増えている

量子ゲート方式は簡単に言うとデジタルに近く、量子アニーリングマシンはアナログに近いです。アナログとは自然界のルールをそのまま受け入れて、人間のコントロールする部分を減らすということに相当し、やりたい操作がブラックボックスになってしまうということを意味します。


量子ゲートでは、QAOAという量子アニーリングに近い計算がありますが、D-Waveのマシンではアナログで処理されて、人間は待つのみの計算部分もより細かく回路設計をして、より細かい計算や理論をプログラミングすることができます。そのため、近年では量子ゲート方式でしか使えないテクニックが多数開発され、量子アニーリングマシンの正答率の精度を大幅に超えるような計算も出始めています。一つの計算理論に対してより深堀出きて、新しいテクニックが開発されても、それをD-Waveマシンに投入できない、かつそれがハードウェア的にできないということになるとかなり厳しい状況です。


近年ではハードウェアもソフトウェアも世界中の優秀な研究者や企業が参入し新しいものが生まれています。そんな中高度なテクニックを活用し、より高度なマシンで形成されるコミュニティへの参加が遅れればD-Wave自体も大きな痛手を負うことになります。


D-Wave自体も日本ではものすごい企業のように宣伝されますが、カナダの田舎町にある顧客数も少数で、時価総額もとても控えめな小規模なベンチャー企業です。多くの企業はこの小さなベンチャー企業をものすごい大企業のように宣伝し、それに対しての製品を高額で売るというビジネスをたくさん仕掛けてきました。今回D-Wave社はこの戦略の犠牲になってしまい、その結果成長限界がきてしまったように見えます。量子ビジネスはこれから量子ゲート方式をベースに大きく市場規模を伸ばしています。D-Wave社もまだまだ小さなベンチャー企業ですので、この量子ビジネスの成長機会に乗りたいと考えていると思います。みんなで頑張りましょう。以上です。

Yuichiro Minato
blueqat CEO/CTO 2015年総務省異能vation最終採択 2017年内閣府ImPACTプロジェクトPM補佐 2019年文科省さきがけ量子情報処理領域アドバイザー
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Yuichiro Minato
blueqat CEO/CTO 2015年総務省異能vation最終採択 2017年内閣府ImPACTプロジェクトPM補佐 2019年文科省さきがけ量子情報処理領域アドバイザー
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