はじめに
現在ムーアの法則の終焉とともに、次世代のプロセッサの急先鋒として量子コンピュータが出現しています。量子コンピュータを使いこなすためにはもちろんアプリケーションが必要ですが、最近では機械学習の流れが世界でだんだんと出来上がってきています。
新しい計算原理のマシンを使いこなすためにはアプリケーションやフレームワークは既存のコンピュータの移植が最初は行われていましたが、最近では単純なモデルの移植では速度がでず、量子コンピュータ専用のモデルの構築が急ピッチで進んでいます。
今回はそんな先端研究開発の現場から、現在の量子コンピュータに特化した形のアプリケーションのうち、特に機械学習のパラダイムシフトに関してみてみたいと思います。
ボルツマンマシン
ボルツマン・マシン(英: Boltzmann machine)は、1985年にジェフリー・ヒントンとテリー・セジュノスキー(英語版)によって開発された確率的(英語版)回帰結合型ニューラルネットワーク(英語版)の一種である。
2012年にカナダのD-Wave社から量子アニーリングマシンという組合せ最適化計算を解くためのマシンが発売されました。しかし、最適化計算はなかなか解くのが難しく、その他の用途を考える中で、ボルツマンマシンと呼ばれるモデルをリバイバルし、それを活用する案が出ました。
ボルツマンマシンはニューラルネットワークのようですが、結合が多く、既存計算機では計算量が増大してしまうために、モデル自体の提案はされていましたが、既存計算機での実現は難しいものでした。最初はシミュレーションで実装ができるかどうか、論文が検討され、
On the Challenges of Physical Implementations of RBMs
Vincent Dumoulin, Ian J. Goodfellow, Aaron Courville, Yoshua Bengio
https://arxiv.org/abs/1312.5258
のちに実機実装されました。
Application of Quantum Annealing to Training of Deep Neural Networks
Steven H. Adachi, Maxwell P. Henderson
https://arxiv.org/abs/1510.06356
組合せ最適化マシンとして最小値を求めるマシンではなく、エネルギーの値に応じて確率分布で解が変わることを利用して、機械学習に応用するということでした。
モデルはRBMという2層のモデルで、ニューラルネットに似てますが、グラフに方向性がありません。visible layerとhidden layerから構成されます。
RBMはあくまで実装しやすく、また実験もできるシンプルなモデルなので、それを使った実装と検証が進みました。
ニューロンからアトムへ
ボルツマンマシンはそのサンプリングもとがボルツマン分布に応じて起こるモデルを元にしているため、量子性があるのかないのかよくわからないという課題がありました。
量子統計力学においては、占有数の分布がフェルミ分布に従うフェルミ粒子と、ボース分布に従うボース粒子の二種類の粒子に大別できる。ボルツマン分布はこの二種類の粒子の違いが現れないような条件におけるフェルミ分布とボーズ分布の近似形(古典近似)である。ボルツマン分布に従う粒子は古典的粒子とも呼ばれる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%83%AB%E3%83%84%E3%83%9E%E3%83%B3%E5%88%86%E5%B8%83
ボルツマン分布にしたがう粒子は古典的粒子ということで、量子効果を発現するとモデルと相違する。D-Waveマシンを使っても本当にボルツマン分布に従って学習がうまくいくのかよくわからないし、実際あんまりいい分布が取れないという課題がありました。
そこで、より量子性をダイレクトに評価して機械学習のニューラルネットワークモデルを量子にマッチした形で登場しているのが、「ボルンマシン」です。
量子コンピュータの新しい生成モデル機械学習の潮流「ボルツマンマシン」から「ボルンマシン」へ
https://qiita.com/YuichiroMinato/items/57b1214c9784a782e809
ボルツマンマシンは理論が熱統計力学に準じて構築されているのに対して、ボルンマシンはモデルが量子力学に準じて構築されたもので、ごく最近提唱されました(もちろん評価はまだまだ必要です)。
ボルンマシンは波動関数をダイレクトに利用するので、ボルツマンマシンよりも量子コンピュータ向きの理論と言えるでしょう。新しいマシンの登場とともにこれまでなかった新しい理論を人類は作る必要が出てきました。量子コンピュータに対して最適なモデルを構築するという流れはしばらく続くでしょう。特にこれまでは01のデジタルの古典モデルをベースに作られてきたモデルに対して、01の組み合わせ自体を操作する量子状態をベースとしたモデルがたくさん出てくると思われます。
ボルンマシンはボルツマンマシンからの流れを組む上に、ボルツマンマシンの理論をさらに強化し、より自由度を得て理論的に大きく羽ばたくでしょう。
これまでの計算機が人間のニューロンを模倣してモデル化してきたのに対して、今後は原子や電子などの量子をモデル化し、その高速性を活かしたモデルの構築が必須となってきました。
今後の展開
量子力学では主に波動関数・状態ベクトルを取り扱います。量子計算ではこれらは01のビットの取り扱いだけではなく、01のビットの組み合わせを取り扱います。それらの波動関数に慣れて、理想的な量子状態のモデルを作るということがこれから数十年の量子機械学習の潮流となると思われます。
そうなるとより小さい世界での振る舞いをベースに私たちの世界の問題を解決していくことになり、省エネ性能を含め、全く新しいパラダイムシフトが起こる可能性も出てきました。これから必要な能力は、量子の世界に親しみ、その計算原理に慣れるということが必要になってきそうです。